Yoga & Relaxation Salon in Otaru ~ Candrika ~
















 コラム 

2009/4/11 「私に出来ること」

 ヨガの教えはただ単に知識としてではなく、生活に活かしていくことが出来ます。身体と向きあうポーズだけでなく、自分の生活にも向きあって、自分の心を見つめることもヨガなのです。 

 最初はアサナをしていれば、身体と心が自動的に柔軟になると思っていました。けれど、身体は柔軟になっても、性格が変わるというのは間違いだな・・・と思います。ヨガはただ続ければいいってものではないのだな、と。

 もちろん、続けないよりはマシでしょう。だけど、ただヨガをしていればいいなんてことは絶対無くて、ヨガをどう続けるかということがやはり重要なのだと思います。ヨガは実践して自分で感じるための教えです。ただ本を読んでそれで満足して終わり・・・とか、週に1度レッスンの時だけ身体を動かすのでは、それほど改善は望めないでしょう。

 他力本願では駄目・・・なのです。毎日自分の身体と心に向き合い、普段の癖や習慣を良いものに変えていくことが大切です。それらは無意識に行っていることですから、気付いて向きあわなければ直すことはできません。それは結構、辛いことです。自分の嫌なところを直視しなくてはならないのですから・・・。だけど、そうするより改善の道はないのかな?と思います。

 心と身体は一体なのですが、イコールではないのだと思います。それぞれ関係はしていますが、1+1=2になるような計算式では表せないものだと思うのです。悪い癖や習慣をつくってしまった原因を見つけて、そのことを認めない限り、心のドアは内側から鍵がかかっている状態なので、自分で気付いてドアの鍵をはずさない限り、本当の意味で変わることはないのだと思います。

 心だけでも駄目だし、身体だけでも駄目。だからこそ、ヨガが現代人には必要なツールなのだと思うのです。身体はポーズでほぐし、心は瞑想で探っていく、それが生き方そのものを修正していくことに繋がるはず・・・。ポーズだけが脚光を浴びて、それ以外のヨガの智慧というものが、影の存在になりつつありましたが、段々とその必要性に気付く人も多くなって来たように思います。

 瞑想もヨガの思想も・・・それほど抵抗感がなくなって来たように感じます。実際、難しいのではなく、続けることが大切なのであって、結果をすぐに求められるものではないから、ちゃんと自分が出来ているのか不安になったりして、難しいと思ってしまうのだと思います。私もいまだに「これでいいんだよね?」みたいな手探りですけど。それでも瞑想やヨガの思想を知る前の自分と今の自分は絶対に違う!のです。

 ・・・ということで、7月から月に1度「座学と瞑想」のクラスを増設することに決めました。すぐにでも行いたいところですが、私も今以上に勉強しなくてはならないので、少し準備の為に時間をいただこうと思います。さらに6月には青空ヨガをしますし、7月には2周年記念に懇親会をする予定です。

 私一人でどこまで出来るのか不安もありますが・・・やってみて駄目だったら改善すればいいし、やらない前から不安ばかり感じていても仕方がないことです。行動を起こすことが、気付きに繋がっていきます。私が今できることを続けていくことが、私に出来ることなのですから。

 そして、私がヨガを生活に活かすことが出来て初めて、ちゃんと私のメッセージが伝わるのだと思っています。ヨガ的に生きることは、難しいことではありますが、自分が実践出来ていないことを勧めることは出来ません。ヨガを伝えるお仕事をさせて頂いている以上、もっと、もっと、自分自身を見つめて改善していかなくちゃなぁ・・・と、思っております。

 春・・・なんだか、ワクワクしますね♪一緒に出来ることから始めましょう! 合掌